[PR] 別れさせ屋 反日にDIS! 2007年03月05日
FC2ブログ

映画「南京の真実」公式サイト

南京の真実

国民による中国製品の不買を!

合憲判断は出たけれど【中日新聞社説】

卒業、入学シーズンを迎えて、入学式で君が代伴奏を音楽教諭に命じた校長の職務命令は合憲との判断が最高裁で示された。判決を盾にした国旗国歌の起立斉唱の強制は疑問だし、望ましくもない。

君が代伴奏命令

この教諭は東京都日野市立小学校に赴任した一九九九年に入学式で君が代斉唱のピアノ伴奏を命じられ、拒否したため戒告処分になった。

教諭の主張は「アジア侵略と結びついた君が代を公然と歌ったり、伴奏することは思想・信条からできない」「子どもに歌わせることもできない」などというものだ。校長の職務命令は憲法一九条で保障する思想・良心の自由を侵害するとして処分取り消しを求めて訴えていた。

最高裁判決は、この学校では数年前から音楽教諭による伴奏が続けられていた経緯を認定したうえで、職務命令は「特定の思想強制や告白強要ではない」「児童に一方的な思想を教え込むものでもない」として、憲法一九条に違反しないと判断した。

九九年の国旗・国歌法の成立以降、全国で起立斉唱などを拒否し懲戒処分を受けた教職員は延べ五百三十五人で、東京都が延べ三百三十八人と突出している。都教委は最高裁判決に勢いを得て「今後も毅然(きぜん)として対応する」と述べているが、果たしてそれでいいだろうか。

都教委の通達による職務命令・処分を違憲・違反とした昨年九月の東京地裁判決は、今回のピアノ伴奏行為とは異なり、国旗掲揚から起立斉唱の仕方まで現場の裁量を許さないほど事細かに命じた通達が強制に等しいことを問題にしたものだった。

また、最高裁判決も裁判官五人の一致による明快な判断というわけでもない。「君が代伴奏が信条に照らして極めて苦痛であり、それにもかかわらず強制が許されるかどうか」が“真の問題”とした反対意見も無視できない重要な指摘だ。

国旗・国歌法の成立当時に小渕恵三首相は「内心にまで立ち至って強制するものではない」と国会答弁している。国旗・国歌は強制によるのではなく、自主性に任せるというのが合意だったのではないか。

強制や処分は本来教育の場にはなじまない。都教委は違反回数により戒告、減給、停職と順に重くし、再発防止研修を受講させており、苦しんで体調を崩す教職員や板挟みに悩む校長もいる。式典の最中には君が代の声調調査までしている。こうした事態は異常ではないか。

何より児童生徒によい影響を与えないはずだ。晴れの卒業式や入学式を曇らせたくはない。
中日新聞社説より


この判決については、必ず反日メディアが取り上げると思っていましたが、予想通り中日新聞が社説で取り上げていました。

今回の判決が、よほど気に入らないのでしょう。
思想・信条の自由という言葉を盾に職務を放棄した教師を、擁護していますが、本来教育現場に限らず一般の社会には、崩壊を防ぐために常に一定の制限がかけられていますし、それが当然です。

確かに、個人としての思想・信条の自由は保障するべきですが、日本の学校で教育者として働くのであれば、その自由には一定の制限があって当然ですし、教育現場だけではなく、どの会社であろうと同じです。

その制限が自身の思想・信条において極めて苦痛なのであれば、無理をして教育者を続ける必要などありません。
日本には職業を選択する自由があるので、苦痛を感じない他の職業を選択すれば、全て丸く収まります。

何よりも、思想・信条を理由に自らの我侭を押し通し、不満があれば騒ぐような教師の姿を見せる事の方が、児童・生徒に悪い影響を与えるはずです。

そして、「強制や処分は本来教育の場にはなじまない」のであれば、義務教育というもの、それ自体が成り立ちません。
決められた時間までに登校し、授業を含めた共同生活の中で仲間の大切さを知り、その中で悪い事をすれば先生や先輩に怒られる。
そうした数多くの事を体験し、繰り返す事によって、社会人になるための色々な勉強をする場所が、本来の教育の現場です。

教師個人の思想・信条によって、大事な式典を壊す事は許される事ではありませんし、その行動を擁護する理由もありません。


人気blogランキングへ
共感できた方はクリックお願い致します
スポンサーサイト



テーマ:教育問題 - ジャンル:政治・経済

【2007/03/05 19:40】 | 偏向メディア | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
| ホーム |